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2009-05-01
鯉話
魚類のほうの話です。
川原を散歩していたら、魚が暴れている。
この時期だし、鯉が産卵でもしてるのかな…
近づくと、黒い色や白い色が絡まりあっている。
やだなんかエロい!
と思ったが、近づくと、白いのは魚ではなく、ビニール。
立派な成魚の鯉が、半永久的に消滅しないことで環境汚染になると数十年前にわかっているのに、
何故か使用が禁止されない、見慣れた買い物袋に頭からはまっている。
ぴっちりしたサイズのためか、まったく抜けられる気配がない。
それどころか、呼吸すら苦しそうである。
これは助けなければ、と護岸を下って近づこうとしたが、
必死な彼は悲劇的なことに、私とは反対、沖(?)に向かって舵を切ってしまう。
発見したときに1mほどだった彼我の距離は約3mに伸びた。
川底はかろうじて見えている。たぶん腰よりは下くらいの水深だろう。
底は泥だが、テトラが埋めてあるので、その上を歩けば沈み込むことはないはず。
割と自然な川(というか多摩川)なので、水はそれなりに綺麗である。
これは突撃して助けるべきか? という問いが、この時浮かんだ。
あの状態でそう長い時間生きていられるとは思えない。
魚のシルエットがわかるほどぴったりと、ビニールがへばりついているのだ。
さあ行け、俺! 何を迷うことがあるのだ!
行かなかった。
理由は良くわからない。
どうでもいいことばかりだったと思う。
とりあえず裸足になり、もう少し傍に来てくれるまで待機することに。
こっちこーい、と電波を送るが、想い通じず。
苦しいのか、もんどりうってるうちに、ますます遠くに行ってしまう。
そして…動かなくなってしまった。
白いビニールのゴミが、沈んでいる。
何故あのとき、助けに行かなかったのか。
予想された後悔が頭の芯に絡みつく。
否、自ら絡みつかせている。
わかりきっているのに行動しなかった自分を責めた。
そうして動かなくなったビニール袋を、日が沈むまで眺めた。
ビニールに対する怒り、つまらない理由でためらった怒り、自分のふがいなさへの侮蔑、
その他もろもろの事が勝手に浮かんでいたが、全て馬鹿馬鹿しいので破棄した。
結局、助けなくて、助からなかった。
自分という人間の生み出せる結果というのはこの体たらくかという残念感、これが全てだった。
そして、太陽が見えなくなって、その木漏れ日が薄暗くあたりを照らすようになった頃。
奴が動いた!
よろよろと、初めて見つけたときとは比較にならないのろさだったが、動いている!
しかもなんということか、やや斜めではあったものの、岸辺に向かって進んできている!
ただちに水際まで降り、そして祈った。
こっちこい! こっちこい!
こいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこい…
そして、彼はテトラにひっかかり、そこで止まった。
その距離、約1.5m。
深さは…やはり腰下くらいまである。
だが、これ以上よってくる気配はない。それどころか去る可能性もある。
今度こそ迷わなかった。
つまらない理由も浮かばなかった。
底が良く見えないので靴を履いて水中に侵入する。
とにかく驚かさないよう、なるべくゆっくりと移動する。
底の泥はかなり沈み込み、つまらない理由がまた浮かびかけたが、すぐに破棄する。
ただ正直、30歳のオッサンがやる行為ではないな、という点だけは捨て切れなかった。
もうちょっと人生ってやつを考えないといけないなとニヤニヤする。
それなりに静かに進んだおかげか、すでに力尽きているためか、ビニールを被っているおかげか、
乱流が少なからず起こってしまっているにも関わらず、彼はそこにとどまってくれた。
何かに奇跡を感謝しつつ、雑念が浮かんだら逃げそうな気がしたので、無心でビニールに手を伸ばす。
魚なので、この瞬間に本能的に逃げ出すかもしれない、とハラハラしつつ、
丈夫だけが取り得のビニールの取っ手、そこを目指し。
キャッチした!
その瞬間、さすがに暴れだす魚。
慌てて反射的に逆さまにしていた。するりと川底に溶け込む魚。
すぐに見えなくなってしまった。
だけど、その力強い手応えで、これなら大丈夫だと感じた。
そして、俺はやり遂げたのだと、そう感じた。
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